【世界遺産熊野古道】語り部【うた加楽衆(うたがらす)】が熊野古道をご紹介
世界遺産【特集】熊野古道
熊野にお越しのお客さまから(九十九)王子って何?とよく質問があります。
熊野九十九王子は熊野の神々がその土地の地主神などとともに祭られています。
九十九王子と熊野古道
熊野九十九王子は、京都から熊野三山までの参詣道の途中に、熊野の神が招かれ、祭られているおやしろです。
その土地の地主神等と共に祭られていて、村や町の人々がお参りする神社です。
熊野詣の旅人が祈りをささげ、和歌や馴子舞(なれこまい)、相撲などを奉納し旅の途中の区切り・小目標となっていました。

「なれこまい」とは旅人が社寺の前を通る時、その手向けに舞う舞。

九十九王子の九十九は多数あることを意味するといわれていますが、熊野参詣道の紀伊路および中辺路に沿って九十七(または九十八)社が数えられています。
Q:王子ってなに?
A:熊野の神をお招きして祭っているお社(やしろ)です。つまり熊野の神さまそのものです。
Q:【休憩所】って書いてある旅行パンフレットがありますが、では神様の休むところ?
それとも上皇様のようなエライひとがそこで休んだの?

A:参詣道の途中の村や町の人々が尊崇(そんすう)する神社です。熊野の神が古来の日本の神々やその土地の地主神等と共に祭られています。
当然、熊野詣の旅人が祈りをささげ、旅の途中の区切り・小目標となっていたでしょう。
一休みしたくなる峠の頂上などにも設けられていましたから、休憩所という説明は外れてはいないのですが、あまりにも省略しすぎた説明だと思います。
Q:九十九箇所もあるの?
A:九十九は多数あることを意味するといわれていますが、熊野参詣道の紀伊路および中辺路に沿って九十七社が数えられています。
Q:なぜ熊野の神が王子なのですか?
A:熊野の神々は、遠い異国からやってきた王の子だと絵巻などで説明されています。仏教が日本に伝わって来て、もともとの自然信仰の聖地に重ねられるとき(本地垂迹説(ほんちすいじゃくせつ))、このように説明されたと考えられます。
熊野縁起絵巻(くまのえんぎえまき)は語ります。「むかし天竺にマカダ国という大国があり、後宮に千人のお妃を抱える王様がいました。千人目のお妃のお腹にやっと王子が宿った時、嫉妬した九百九十九人の王妃に母子は殺されかけますが、王子は助かります。真相を知り醜い人の心に嫌気がさした王・王子・王子の育ての親である僧侶、そして蘇生した母親がその国の良き神々と共に空を飛びこの熊野三山の地に降り立ったのです。」
描かれている話は楽しく、かつ奇想天外です。科学的思考とやらに囚われた現代人にとっては非論理的なストーリー展開ですが、大人よりも幼児に向けた"おとぎばなし"のような感じがします。嫉妬や権力欲が否定され、輪廻転生(りんねてんしょう)や宗教的奇跡がさりげなく盛り込まれています(熊野縁起絵巻は、わかやま絵本の会発行『くまののかみさま』や高野澄『熊野三山・七つの謎』祥伝社 等々に現代文に訳され紹介されています)。
母に先立たれ、継母に弟が生れた時、王子の地位とともに一切を捨て修行の道に入り、悟りを開いた聖人釈迦の一生が物語のベースと思われます。釈迦は本来古代インド北部に住んでいた部族の名であり、王子ゴータマ・シッダールタが出家して当時の大国マカダに流浪の末、仏陀(buddha=智者、聖人)となったことは今日まで伝えられています。(日本百科大事典・小学館等)
Q:王子の説明はわかりましたが、なぜそのことが今の我々にわからなくなったのか?
A:いちばん肝心なところです。
現代の日本人にとっては、神社と寺院、神官と僧、その教義やお祈りのかたちは全て異質のものと感じます。
しかし、それは明治政府の神仏分離令以来に出来上がった現代感覚であって、それ以前、といっても仏教伝来後約1500年間は、仏はホトケと言う名の神であり、神はカミと言う名の仏でした。そして熊野本宮の神は日本名「若一王子」と呼ばれる十一面観音であるということがごく当たり前であったと思われます。そして、あまり当たり前のことなのでその点をわざわざ説明した古い文章などがほとんど無いといっていいと思います。
わが郷土の偉人「南方熊楠(みなかたくまぐす)は、岩田準一宛の書簡の中で、梵語(古代サンスクリット語)のボジサットァ(bodhisattva=悟りを求める修行者)を短く音訳したのが「菩薩」であり、意訳が法王子(ほうおうじ)(★仏法上の王子)である。それを神道ではさらに、法身ではなく具体的に人々の眼前に現れてくれているので「王子」としたのだと説明しています。
(上方史蹟散策の会編 向陽書房発行『熊野古道・V』発心門王子 ―浄土に歩を印す― の項に、中瀬喜陽氏によりこの原文が紹介されている。★印筆者記入)
Q:神仏分離令が徹底した結果、王子の意味が忘れられた?
A: そう! 少なくとも熊野から、その神の呼び名の一つが消えたと言えるでしょう。
熊野三山から法王子または若一王子という呼び名が無くなり、仏教の聖地としての要素が消され、王子社の多くが神社合祀により廃社されました。仏教そのものが日本の社会から失われることはなかったとしても、約1500年の長い間一つのものとされてきた神と仏が、時の政府の令により強引に分離されることは、社会に強い痛みと大きな損失を与えました。
「神仏分離」「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」「一村一社」「神社合祀(じんじゃごうし)」………次々と謳(うた)われる四字熟語のスローガンの下に貴重な文化的宝物が灰になっていきました。
もともと仏教が伝えられた時も、都では受け入れ賛成側・曽我氏と古来の信仰擁護側・物部氏の争いが起こりました。神と仏を習合するのもまた痛みと努力を要したのです。霊気あふれる信仰の地熊野は、この二つの信仰を結びつける扇の"かなめ"となっていたと思われます。高山を降神(こうしん)の地として尊ぶ山岳修験道もまた熊野を聖地と崇(あが)め、この大きな役割を担っていたと思われます。
「神仏分離」は一見神道の宗教的地位を上げたかに見えますが、熊野について言えば、この政治の宗教への介入は"かなめ"としての役割に大きなダメージを与えたと思われます。西國巡礼者いわゆる"お遍路さん"を閉め出してしまう結果となったのは熊野にとっては大きな損失ではないでしょうか。
Q:「熊野の神の呼び名の一つ」という言い方はなぜ?
A:あえてこの言い方をしたのは、「熊野にまします神々」は「森の神」と解釈され(本宮大社説明)、「クシケヌの神」「クシミケの神」「家津御子神」「イザナギ、イザナミ」あるいは「天照大神」「スサノオ」「……のミコト」そして「……仏」「……菩薩」「……如来」「若一王子」と数多の呼ばれ方をしてきました。
勝手な解釈と言われるかもしれませんが、これはその呼び名の神が居ると考えるよりも、熊野の地に感じるある種の大きな霊気に対して、人々がその思いを預けた結果だと考える方がふさわしいと思うからです。
言い換えれば、あるいは極言すれば、訪れる人々の数だけ神々が存在するということにもなると思います。
Q:「多くの名を持つ神の聖地」「多くの神の集う聖地」どちらでしょうか?
A:こだわらないことです。
言葉や文字による解釈は、ひとの心を大きくも小さくもします。他の宗教では、聖地へ異教徒が入ることを拒みます。異なる宗教の存在そのものが許せず、異教徒に強く改宗をせまり、ときには攻め滅ぼそうとすることもしばしばです。
元を同じくする宗派も、僅かな教義の違いで異説をとなえる者を異端者として宗教裁判等にかけ処刑することさえしてきました。
比べて熊野の大原則の一つ『信不信を問わず』は非常に大きな意味をもっていると思います。
言葉上は「信仰心の有無を問題にしない」と解釈されるのが普通ですが、もともと信仰心有るからこそ人々はここを訪れるのです。むしろ「信仰のかたちを問わない」という意味ではないでしょうか。他宗を拝む人の姿もまた自らが信じる神の仮の姿『権(仮の)現(あらわれ)』と感じ取る洞察力と包容力を示すことがその真意とすれば、これを原則とする熊野はまさに世界でまれに見る神々や仏の共存する聖地であると思われます。
いつの間にか"王子とは"という話が、"熊野とは"に変わってしまいました。
なりゆきとしてご容赦ください。

王子って何?(最も多い質問)
仏教を広めた人 = ゴータマシッダールタ = 古代インド・シャーキャ族の王子
釈迦は中国音訳 = 意訳が法王子(法を説いた王子)
本地垂迹説   → 信仰されている聖地の背後には仏(ほとけ)がいる。

熊野縁起絵巻は、熊野の神は遠い国から飛来した王の子であると語る。聖地には法体(仏体)として現れていないので、単に王子(または若一王子)と呼ぶ。
神社を勧進したとき、もとの社を本宮あるいは元宮と書き「もとみや」と呼び、新しい社を若宮(わかみや)と呼ぶ。
熊野の神を勧進した神社を王子社または若王子(にゃくおうじ)と呼ぶ。
熊野参詣道(紀伊路と中辺路)途中に勧進された王子社を九十九王子と呼び、97社(または98社)が数えられる。
明治政府の神仏分離令により、本宮大社を若一王子と呼ばなくなったが、九十九王子はそのまま王子(社)と呼ばれている。

《2006年田辺高校同窓会新聞に投稿したものに手を加えました。》
九十九王子と熊野古道
●王子社には熊野の神々がその土地の地主神などとともに祭られています。
●熊野詣の旅人が祈りをささげ、旅の途中の区切り・小目標となっていました。
●映像では滝尻王子から熊野本宮大社までの王子社を紹介しています。
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